もの作りこと始め

道楽だと云われながらも、もの作りを楽しんではいたが、店を出すことになろうとは夢にも思わなかった。会社を立ち上げる等という恐ろしいことになったのは、実は、亡夫アーネスト・サトウのいとも簡潔な論理に依った。
「実は」というのも、長い間好き勝手に採算度外視のもの作りをして、余りの無分別にわれながら行き詰まっていたところ、私のもの作りをたった一人楽しんでくれていた夫は、作ることに対し挫折しそうな私に云った。「良いと思われるから持ち帰られる。といって人は代価まで考えはしない。通常ホテル等では持ち帰りできそうなアメニティ・グッズに貴女のように経費は掛けない。思いも掛けない。と云って此のクオリティを保たなければ貴女に作る意味もない。ならば売ればいい」。 随分と躊躇の末、成る程と思った。売ることで代価が明確になり、買われることで制作費が都合出来、質の高いものが作り続けられる。その上、私の“もの”の価値が問われる物差しとなる。売れる自信等毛頭なかったが、夫の言葉でもの作りへの傾斜度が一挙に極端なカーヴを描き、“ギャラリー遊形”という会社の発足となった〔1989年（平成元年）に発足〕。
こうして恐れ気もなく夫のおだてに乗って始まったのが私のもの作りこと始めという次第である。沢山の顧客にも恵まれ、毎日店頭も賑わって、初めて夫が私の背を押してくれた有り難さ、意味を知ったのである。

佐藤年（俵屋旅館当主）